デュクレな人々

第2回は航空業界からのゲストにインタビュー。全日本空輸株式会社(略称ANA、全日空。以下ANAと表記)に約40年、生粋のANAマンでいらっしゃる、田中義次氏です。

36163228_480x360 ANA時代、国際線進出関係業務を主にご担当、約15年間米国、中国で駐在の後、ANA戦略総合研究所で地域再生の担当をなさるなど、まさにANAの大成長期を支えて来られました。

たった1機のヘリコプターからスタートした小さな運輸会社から、今や日本を代表する大手航空会社となりえたANAのホスピタリティについて伺います。

 

【第2回】田中義次氏

関西日本香港協会副会長
神戸大学大学院経営学研究科非常勤講師
元ANA香港支店長

普段の業務内容

現在はANAとANA戦略総合研究所時代の経験をもとに、大学講師として航空会社における経営とホスピタリティ、及び観光地域政策などを教えております。また、生産本部観光地域経営フォーラムのアドバイザーや関西日本香港協会の副会長として関西の活性化及び国際交流のための活動しております。過去に中小企業の海外進出支援のアドバイザーも4年ほどさせていただきました。

ホスピタリティのお仕事に就いた経緯

高校、大学時代はミッションスクールでした。幼少のころから自分の周囲には外国人がいる環境で育ちました。ミッションスクールには外国人教師が多く、その影響で英語に強い関心を持って勉強しましたね。将来は語学力を生かして国際的な仕事に就きたいと願っておりました。そこで胸に浮かんだのは「外交官」!本当になりたかったんです。が、残念ながら実力不足であきらめざるを得なかった。今から思えば良い思い出ですね(笑)。

外交官はあきらめられてもどうしても海外に出る仕事をしたくて・・・将来の日本の国際化を信じてANAに入社したのです。私のこの思いはやはり子供のころからの環境によるもの。親族、学生時代の先輩や友人、学校での国際交流活動による影響が大きいと思っています。

現在の業務におけるホスピタリティの実践、提供例

ANAでのホスピタリティの実践や提供方法についてお話しましょう。ただし、私がANAの業務をすべて経験しているわけではありませんので、当時の会社の公開資料や多くのANA関係者の話を参考にしています。私のANAの経験からくる個人的な意見が多々あることをご了承ください。
私は、「ホスピタリティ」とは企業文化と個人の人格がにじみ出たものだと定義しています。
企業とお客様、そして従業員。それらを包括する環境とか地域がありますが、ホスピタリティはそのすべての中に存在する。企業の社会的使命の達成、お客様にとっての顧客満足、従業員にとっては自己達成や生きがい、また地域社会では連携や相互扶助をつなげる、それがホスピタリティだと考えています。

企業経営におけるホスピタリティの重要性

ホスピタリティという概念は日本では狭義の意味で「気づき」「もてなし」の世界で扱われ、深い学問的研究は最近始まったばかりですが、特に米国などでは有名大学院たとえばハーバードやスタンフォード大学院でこの分野の研究が盛んに行われているようです。
というのは、欧米では経営戦略の大変重要な位置づけとして扱われているからです。「ホスピタリティ」は経営戦略や人材育成には欠かせない実践的なものです。
1950年代、今から約60年も前にピーター・ドラッガーが、「ビジネスの目的は利潤でなく「顧客の創造」である」と主張しました。それ以来、ホスピタリティを重視して絶えず顧客満足を高める努力を継続することの重要性や、顧客を増やす手段としてのホスピタリティが企業経営論の中で語られてきたのです。

航空会社にとって重要なこと

航空会社にとって何が大切か、ということはまず第1に「一人一人の安全意識が高いこと」「一人一人の従業員が高いホスピタリティを発揮すること」「航空会社のブランドをお客様に伝え続けること」この3つにつきます。be2ce5ecf3e4a3721d42343b6c69d2b2_s
ANAの経営理念は「安心」と「信頼」を基礎に、「価値ある時間と空間の創造」「いつも身近な存在であり続ける」「世界の人々に夢と感動を届ける」。ではこれをどう具現化するか?また競合他社との差別化をどうするのか?ということが常に求められてきました。

「お客様に感動を与えるサービスはしばしば社員間、組織間のスムーズな連携から生み出される」「そのために社員にはその仕事の中で「エピソード」「物語」を作っていただきたい。その物語は一人一人の心の中に浮かぶもの。号令一下ではできないものです。そういう物語の積み重ねが「ANAならでは」という差別化につながる」と当時の社長、大橋洋治の言葉です。

ANAでは理念の浸透のために経営トップが自らの言葉で直接社員と会話し言葉を交わす「ダイレクトトーク」という習慣を重要視し、実践しています。「CEOオンライン」といった社長ホームページ上で社員に呼び掛けたり発信したりする仕組みがありました。経営陣と社員とのコミュニケーションを大切にしたオープンな社風がANAの経営理念達成のために重要な働きをしていると言えます。

顧客満足を高めるホスピタリティ

世界の経済発展と共にサービス業の割合がどんどん増えてきました。旅行業、宿泊業、飲食業や交通運輸業などを「ホスピタリティ産業」と呼んでいますし、医療ももちろんこのカテゴリーに含まれると思います。
では私たち、サービス産業に従事する者は何のためにホスピタリティを追い求めるのでしょうか。
その理由の一つは「画一的ではなくてその場に応じた機知にとんだ心のふれあいのため」2つ目は「サービス提供者と顧客の間に互恵的な関係を構築するため」です。画一的ではない、と申しますのは、その人にしかできない、マニュアルを超えた、ということです。その場その場に応じてお客様の幸福を望んで出てきたサービスこそお客様の心に響きます。
究極のホスピタリティはサービス提供側と顧客と間に強固な信頼関係を生み出すことができると思います。

心が通じたな、と感じた経験、事例

総合職として約40年間ANAに勤務する中で感動したことは少なくありません。
一番心に残っているのは、ニューヨークで出向会社のNCA初便の到着を空港で初めて目にしたことです。大変感動し涙しました。
そのほか、乗り遅れそうなお客様を空港中探して探して・・・何とか探し出し、ご搭乗口までご案内して無事搭乗いただけたこともありました。

あるときは、お客様の大切なお荷物やお忘れ物を発見して、後日お届けした際に、心から喜んで頂けたこともありました。そんな時には自分も「あぁ、この仕事をして良かったなぁ」と深く喜びを感じましたね。また、フライトには障害をお持ちのお客様もいらっしゃいますが、ご搭乗の準備手配がうまくいってご搭乗頂けた時には本当に嬉しかったですね。

従業員の高い接遇レベルを保つための教育内容

04_px160 私は乗務員(パイロット&キャビンアテンダント)教育に直接携わっていた訳ではないので、あくまでも担当者から聞いたり、関係業務にいた経験からお話することをご了承ください。
まず、客室乗務員(キャビンアテンダント)ですが、職業や年齢国籍に関わらず、様々な分野のお客様と機内での出会い、国際情勢の影響をリアルタイムで実感する時間の中で、公共交通機関に携わる責務の重さと共にやりがいを強く感じている人が多い。
「なりたくないのに他に選択肢がなくてやっています」という人はまずいないです。ですから仕事へのモチベーションも高い。

社員教育としては「小さなことほど丁寧に」「当たり前のことほど真剣に」「満足から感動を」の3つを徹底して教育します。
また、プロとしての接客スキルである、「6Sの実現」つまり、「Smile」(笑顔とアイコンタクト)「Smart」(清潔感を感じる洗練された身だしなみ、メリハリを感じる優雅な立ち居振る舞い、親しみやすい聴き方、言葉遣い)「Speedy」(速やかな対応とストレスを感じない演出)「Sincerity」(心配りを感じる対応)「Study」(正確な対応、豊富な情報話題の提供)「Speciality」(プロであると感じる姿)を教育に取り入れています。もちろんこれらはまず、「安全・定時・快適・利便・経済的」の5つが基本にあってこそいきてくるのですが。

次に、機長らへの教育ですが、彼らは長い期間の教育訓練を経た後に定期航空会社の乗務に就くわけですが最も厳しいのは「自己管理」のようです。乗務する限り定期的に身体検査や社内審査があります。機長、副操縦士としての品質が保たれているかのチェックにパスする必要がある。乗務12時間以内には絶対に飲酒してはいけないなどの制限も多い。また機長になるためには定期航空会社では一般的に15年以上の経験が求められます。ライセンスを持っているから安泰というものでは無いんですね。

f48bd20ee59748a4148adf11f5ea7160_s「航空会社の空港の顔」と呼ばれるもう一つの職種が「グランドホステス」です。グランドホステスの教育で最も重要なテーマは「表情」、笑顔のようです。忙しく空港内を走り回ることが多いグランドホステスですが、お客様を探しつつ笑顔を絶やさないでいることは本当に難しいのです。しかしながら笑顔のおもてなしは会社の第1印象を決定づける重要な「任務」です。

またグランドホステスには「Be Flexible」が大切と思います。つまり状況に柔軟に対応せよ、ということです。お客様との対話を進んで行い、お客様の思いを大切にするように。問題が発生しても、通り一遍のご説明や言い訳がましい対応は対応ではないと教育されます。

様々なお客様の必要に応じられるよう、保育士や介護福祉系のライセンスを取得する乗務員もおりますし、ANAでは約数百人以上の従業員が手話資格を取っていると聞いています。救護の資格を取る人もいます。与えられた仕事だけしていたらいいというのでなく、仕事を通じてもっとお客様のお役に立てるにはどうしたら良いのかな、という社員自らの思いが資格取得という行動につながっていく。ANAはそんな自主型行動型人間が本当に沢山います。

医療機関でホスピタリティを感じた時

394901e1acdfe7a00a97a420031a6342_s私の周りにもたくさんの医療機関があり、開業なさるクリニックなども最近は多いですね。

病院の規模によって感じることが少しずつ違う印象があります。大学病院や自治体運営の病院など大きな総合病院は最近良く整えられてきたように思います。従業員の方々の患者さんに対する目線や動作が大変親切ですし、ドクターの説明もわかりやすい人が多い。提出書類なども良く整えられシステム化されています。案内カウンターの説明が具体的でわかりやすいし、掲示物などにも顧客目線(患者目線)で書かれているのを感じます。少しづつ改善は進んでいるように思えますが、ハード面ソフト面において、まだ残された課題は多くあるように思えます。

個人病院ではその印象はドクターや看護師さんの態度にかなり影響を受けると思います。そこは良く注意しなければいけないところです。大病院との連携しているクリニックでは最近その連携がうまくいっているし、その案内もうまくわかりやすくなっている。とは言え、個人病院でもまだまだ問題は多いと思えます。

医療従事者へのホスピタリティに関するアドバイス

今後の日本の総人口問題、超高齢化社会問題はすべての産業で大きな変化をもたらすことが盛んに論ぜられています。団塊世代が要介護者になる日は目の前に来ていて、医療費問題、介護費用の問題など毎日のように報道されています。

少子化問題もなかなか解決されません。一説に700万人いると言われている団塊世代、すぐ近い将来いなくなるのですから、出生率が上がらない限り医療機関もいづれ過剰となり、競争はますます激化するでしょう。今、学校がそうなっています。

また、さらに医薬業界の規制緩和が進むと考えられていて病院経営はますます苦悩する時代に入ると予想されます。ドクターの数は1970年以来増加はしてきているものの患者の絶対数が団塊世代の後は減るわけですからね。これまでのようなわけにはもう当然いかなくなってくる。保守的な世界でとどまっている業界は多面的に改革が求められるのでしょうね。

病院は治療すれば十分、余計なことは考えなくていい?

大きな枠組みで言えば病院、診療所、介護、歯科など医療福祉の経営者たちがホスピタリティへの関心度を高めて、経営戦略の中心的位置づけとして扱えるかどうかがカギになると思います。治療だけしていたら良いというわけにはいかなくなる事態が目の前に来ていますから。またより良い医療とホスピタリティの実現に向けて、高度な技術を持つ医師と意識の高い経営者のマッチングも進むだろう思います。医療福祉に従事するスタッフのためのホスピタリティ教育プログラムを具体化することも重要課題だと思います。

都市再生化と医療施設

人口減少にともなって大都市を再生化する方法としてコンパクトシティ化がすでに提唱され始め、また現在グローバル化の中でユニバーサルツーリズムを勘案したまちづくりが少しずつ進んできています。外国人の方に治療や健診に日本に来てもらい、同時に観光も楽しんでいただく。インバウンドにメディカルを組込む(メディカルツーリズム)、といったようなことですよね。医療福祉関係施設はこの動きも意識しながら構想されていくべきではないかと考えています。多様な高齢者と若者との協働・共生が可能な環境整備(ハードとソフトのインフラ)を考えたまちづくりが必要と感じています。

プロフィール
氏名

田中義次

所属

関西日本香港協会副会長
神戸大学大学院経営学研究科非常勤講師
元ANA香港支店長

経歴

 
昭和21年 4月26日生まれ
昭和45年  関西学院大学 法学部 法律学科卒業
昭和45年  全日本空輸株式会社入社
昭和48年  全日空米国駐在事務所配属
サンディエゴ・カンサス・サンフランシスコにて4年半駐在
昭和63年  人事部付日本貨物空港出向北米契約マネージャー
米国NYC/SFOに6年駐在
平成6年  関西空港支店ステーションコントロール部長
平成10年 香港支店長(兼)全日空服務有限公司社長
香港駐在4年
平成14年 成田空港ハンドリング株式会社代表取締役社長
平成17年 ANA総合戦略研究所参与・神戸大学大学院経営学部
シニア・リサーチフェロー
平成18年 公益財団法人生産性本部観光地域経営フォーラムアドバイザー
大阪観光大学観光研究所客員研究員
大阪学院大学客員研究員
平成20年 大手前大学/短期大学・大阪学院大学非常勤講師
関西香港協会副会長
平成26年 神戸大学大学院経営学研究科 非常勤講師

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    関西日本香港協会副会長
    神戸大学大学院経営学研究科非常勤講師
    元ANA香港支店長

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    大手前大学現代社会学部教授
    ザ・リッツ・カールトン大阪元副総支配人
    名古屋マリオットアソシアホテル総支配人
    ジェイアール東海ホテルズ元専務取締役